Massive Curiosity

日常で疑問に思ったことを言語化してアウトプットしていくブログ。旅、webサービス、デザイン、アイデアなど。

忘れていた原体験。アセナビに入ったきっかけを振り返ってみた。

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毎度紹介していますが、ぼくはアセナビ|ASEANで働くを近くするウェブマガジンというウェブメディアに関わっています。

もはや、いまぼくがやっていることはそれしかないのですが、よく「どうしてアセナビに入ったの?」と聞かれます。

振り返るのは千年早いわ!と言われるのは百も承知なのですが、深夜、ぼくがアセナビを始めたきっかけともいえる原体験を記憶の奥底から引きずり出すことができたので、忘れないうちに書き留めておこうと思います。

 

 

アセナビに入った経緯

前提として、ぼくは高校を卒業する前の春休みに、タイ・ベトナムカンボジアの一人旅を経験しました。当時はなんとも思っていませんでしたが、いま思えば「よくやった、自分!」と褒めたくなるくらい(笑)、いい行動だったと思います。

そこで、数えきれないほどの刺激を受けました。

新興国の雑多な感じ、アジア特有のにおい、バイクの多さ、人の優しさ。いまとなっては月並みすぎて羅列すぎるのが恥ずかしいくらいあたりまえになっていますが、当時のぼくにはカルチャーショックの嵐。びっくりが止まりませんでした。

自分の性格を積極的にしてくれるような出会いもありました。詳しくはTravelers Boxで書いたのをみてほしいです。

www.travelersbox.jp

それからというもの、「旅」と「東南アジア」に魅力を感じ、大学1年時は旅好きの友だちと仲良くなったり、たびっぽのイベントに行ったり、いろんな人にお世話になったKUIS TRAVELERS' NETWORKという旅サークルを作ったり。かなり積極的に動きました。

そんな大学1年生も終わる頃。多分Facebookだったと記憶していますが、東南アジアのことを発信している「アセナビ」というメディアがあることを見つけます。

今だから言えるのですが、中身はまったく読まず募集要項だけを見て応募を決めました。なぜかというと「こんな人にオススメ!」というところに書いてある”こんな人”に、すべてあてはまっていたからです(笑)。

詳しく覚えていませんが、「東南アジアに行ったことがあって、その良さを伝えたい方」とか「ライター経験はないけど、東南アジアでの経験をアツく語りたい方」とか、そんな感じでした。

そして、前編集長である佑豪さんに会いにいき、ライターとしての活動がはじまります。

 

・・・という流れが、いままで覚えていたアセナビに入ったきっかけです。

これだけ見ると、理由は「募集内容にぴったしだったから」という、とても単純過ぎる理由でした。例えるなら、「好きでもない子に好きって言われて、まあ可愛かったからとりあえず付き合ってみた」みたいな感じですよね。

今までは、どうして内容を見ずに応募したのか、振り返ってみてもまったく謎でした。

しかし、ようやくその答えとなりそうな原体験を思い出したのです。それは、高校最後のアジア一人旅に潜んでいました。

 

和僑は増えていくべき。

一人旅では、ベトナムカンボジア、タイを訪れました。ベトナムでは、現地ツアーでハロン湾を訪れます。そこで出逢ったある日本人が、ぼくの心に火をつけるキーマンでした。

その日本人は、20代中盤、静岡出身でサッカーをずっとやってきた雰囲気の男性。ただし、チャラくない側のサッカー部という感じで、顔はチュートリアルの福田に似ていました。なんでも、工業系の会社の駐在員としてタイに赴任しており、出逢った時は旅行でハロン湾を訪れていたのでした。

彼とはハノイハロン湾へのバス道中、たくさん語りました。片道3時間です。ただ、そのほとんどはぼくの記憶には残っていないのですが…。

ただ、ある部分だけ、強く記憶に刻まれているセリフがありました。

それは、以下の様な言葉でした。

「アジアには、日本人が少なすぎる。ベトナムには韓国企業がいっぱいいるし、タイをはじめとするアジア各国では華僑が幅を効かせている。だから、日本人も和僑と化し、どんどんアジアへ出るべきなんだよ。和僑は増えていくべきだ!」

言い回しは違ったと思いますが、確かにこのような内容でした。

なぜここだけ覚えているかというと、その日一番その人がアツく語ってくれた瞬間だったからです。

正直、当時はぼくはその真意をよくわかっていませんでした。「和僑?なんかダサい響きだなww」みたいな感じだったかもしれません。

しかし、20代中盤のどこにでもいそうな男性が、「国」という単位で想いを語っていたことに衝撃を受けたことは事実です。「ああ、アジアに出るとこうやってものの見方が変わるんだ」と。

つまり、この時点で、ぼくは日本人がアジアに出るアツさをわかっていたんです。

これに気づいた時、とっても嬉しくなりました。「ぼくは、好きでもない人と付き合っているんじゃない、ずっと好きだったんだあー!!!

 

さいごに。

この体験は、ぼくにとって宝物のように大切なものです。

こんな素敵な出会いを高校の時点でできていたなんて、ぼくは運が良いなあと。その経験を通して、今はアセナビに行き着いたのはいうまでもないでしょう。

と考えると、ますます日本の若者は早いうちからアジアへ出るべきだ、という持論に磨きがかかりました。だって、18歳のときは、マクロな話をされてぽかんとしていたぼくが、今となってはアジアのアツさを説く側に回っているんだから!!

こうやって原体験を振り返ると、自分がいまの活動をつづける根源的な意味を見出すことができて面白いので、みなさんもおすすめです。

自分の原体験があるからこそ、大きなチャレンジもしていけるのだなあと。彼をインタビューして、本当に思いました。

asenavi.com

ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。