Massive Curiosity

日常で疑問に思ったことを言語化してアウトプットしていくブログ。旅、webサービス、デザイン、アイデアなど。

大切なひとたちを形成する「おかげ」になりたいと。

暑い夏休み!
初日から友だちと海!
次の日はキャンプとバーベキュー!夜は花火を楽しみ、高校時代の恋バナで盛り上がりました!その次の日はそして彼女と一緒にお台場デートをして、おいしいディナーに舌鼓。土日は夏フェスでテンションMAX!!ああ、なんて楽しい夏休みなんでしょう・・・

 

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・・・そんな夢を見つつ、1つも叶えられずに家でPCをカチャカチャ、磯部です。今年の夏は、海を見ない気がしつつも、まだエンジョイする可能性を捨てきれずに過ごす日々です。

最近はひたすら自分と向き合って、自問自答を続けています。なぜぼくはがんばりたいのか、どうしておれは人と人をつなげていきたいのか。

 

 そんなことについて書いてみます。

 

すごくコンプレックス。

ぼくはポンコツでした。自分を卑下してもしょうがないんですけど。親にたくさんのお金を使ってもらって、学校にも行かしてもらって今までやってきました。親だけじゃなく、関わってくれた友だちや先生、一度しか会ったことの無い人まで、数えきれないたくさんの人にお世話になって生きてきました。

けれど、ぼくの生存にはたくさんのコストがかかっているのにもかかわらず、それに見合う対価を提供できていません。先進国に生まれ、恵まれた暮らしをしているのに、それだけの恩返しはできずにのうのうとしています。

それは、必ずしも恩を受けた人じゃなくてもいいとは思っています。第三者へペイフォワード的に返していくことさえできれば。

だけどぼくは、そんなことさえもできていないように思えます。自分だけ得をして、それをきちんと返せていません。インドネシアで現地人に1週間もタダで泊めてもらって、食事から移動まで至れりつくせりしてもらったのに、日本ヒッチハイク旅で9軒のお宅と30台ほどの車にお世話になったのに、ぼくはそれを返せていません。

そんなポンコツさに、辟易していました。

 

私は「おかげ」になりたい。

先ほど、さいきん自問自答していると申し上げました。それは、なぜ自分は人と人を繋げたいのかについてです。 

massivecuriosity.hateblo.jp

 

 この記事では、「人と人を繋げて出会いを提供した結果、感謝してもらえたら嬉しい」という内容を書いていました。それはそうなんだけど、じゃあなんで感謝されたら嬉しいのかなあと。

人と人をつなげ、それによって感謝されるということは、自分がその人の役に立ったということです。その人の役に立つということは、その人の人生が少しでも良くなったことを意味します。

よく、「今の自分があるのは、◯◯さんのおかげですよ。」というフレーズを耳にします。あれって可視化できないんでしょうかねえ。スケルトンになって、その人の体のどれくらい、その「◯◯さんのおかげ」が占めているのか。多分、「◯◯さんのおかげ」だけで構成されているわけではないと思います。そこには、「親のおかげ」だったり「彼女のおかげ」、もしくは「通りすがりのおじさんのおかげ」もあるかもしれません。

そんな、たくさんの人の「おかげ」がパズルのように組み合わさって、その人の今を形成しているのでしょう。

そんなとき、思いました。「ぼくも、みんなを構成する『おかげ』なりたい」と。それは大きくたって小さくたって構いません。その人を構成する「おかげ」になれれば、ぼくがその人に出逢ったことに意味が生まれるし、今まで恩を受けてきた分、ペイフォワードできます。

感謝されるために人と人を繋げて出会いを提供する。それは、その人たちの「おかげ」の一部になりたかったからです。

 

さいごに。

人と人を繋げて出会いを提供するためには、それ相応の人間にならねばなりません。ポンコツのままではそれなりの人間としか交流ができないし、「おかげ」になり得る人間にはふさわしくありません。

だから、本気でがんばって、自分が納得できるような経験を積みたいと思っています。全然意識高くないです。ポンコツですから。でも、このままじゃ絶対にいやなので、成長してみせます。他人に価値を提供できる、「磯部くんのおかげで」と言われる人材になってみせます。

そのために、なんとしてもこの1年をやりきりたいと思う、今日このごろです。

ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。

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