Massive Curiosity

日常で疑問に思ったことを言語化してアウトプットしていくブログ。旅、webサービス、デザイン、アイデアなど。

音楽ド素人のぼくがコンサートを楽しんだ方法。

小学校からの友だちが、ワセオケでコンサートをやるということで、新宿まで鑑賞しに参りました。

ぼくは音楽に対してマジで知識も関わった過去も無く、ド素人ですので、こういうコンサートはよくわかりません。そんな中、いかに楽しむことができたか、ぼくなりの体験談を言語化しておこうと思います。

 

そもそも、わからない。

音楽を聴くことは人並みに好きです。ただし、クラシックとかはよくわからないですし、管弦楽器のこともよくわからないので、ヴィオラとバイオリンの違いを説明しろと言われてもできません。

そんなぼくでも、さすがにコンサートに行けば、何かしら心打たれることはありました。気持ちの良い音の重なり、荘厳な音色、繊細な弓使い。かっこよかったです。

 

ただ、コンサートは未知との遭遇の繰り返しでした。

例えば、オーケストラはなんでバイオリン奏者が多くて、手前に陣取っているのか。そもそも、何であの並び方じゃなきゃいけないのか。ただの見栄えかもしれないし、音色の関係かもしれないし。

なんで指揮者はずっと同じ人なのに、曲ごとに戻るのか、そして、なぜ出てくる度に、さも初めて出てきましたよといわんばかりの拍手喝采を受け登場するのか。そもそも、すごい指揮者ってどんな評価基準?ぼくが小学校1年の時に習った指揮棒の振り方と全く違うんだけど。。

他にもあります。不思議な拍手のタイミング。なんで長いときと短い時があるのか。

なんでオーケストラってあんなに人数が多いのか。最大公約数の人数でやったらもっと人件費も教育コストも減らせて、指導もしやすくなるはずなのに。そもそも、最大公約的な人数はあるのか。

恥ずかしながら、わからないことだらけでした。。

 

だから、別の楽しみ方を考えた。

わからないものはわかりません。

これらのことについて、友だちと話そうとしても、ぼくらを囲むのは格式の高いお客さんばかり。こんな低レベルの話しを聞かれたことを想像するだけで赤面です。

だから、音楽以外のところ価値を見出してみようと思いました。

コンサートでしか味わえないことが何か。考えてみると、「1点に集中しながら、外界に妨害されない状況にある」ということでした。

2階席で、演奏者まで遠かったので、顔を動かさずに全体像が把握できます。なので、顔を動かして目線を外す機会がない。加えて、周りが皆聞き入っているので、何の妨害も誘惑もない。つまり、これだけ集中して思考する時間は、中々ないわけです。

だから、色々考えてみました。音楽にまつわる素朴な疑問。既に上記に挙げたようなことです。

疑問を持つということは、興味を持つということ。まったくわからない音楽に興味を持つということは、自分の世界が広がるということ。

ぼくのMassiveなCuriosityによって、更に世界を広げていくことができるということなんです。

 

さいごに。

これって、音楽に精通している人からしたら、邪道なことかもしれません。というのも、音楽をマジメに聴いているわけではないからです。

でも、こういう楽しみ方をしたっていいと思うのです。こうやって多くの疑問を持ってそこから世界を広げていく。そうすることによって、また新たな興味が生まれ、それがまた広がる。それでいいじゃないですか。

だって、音楽とか芸術全般って、素人に壁を作っているんですもの。精通している人しかわからないルールとか、あるでしょ。そんなのわからないよ。

だから、ぼくなりに楽しんだ方法が以上だったというお話でした。

もし、ぼくが抱いた上記の疑問を解明してくれる方がいらっしゃいましたら、こっそり教えていただければと思います。

 

ここまで読んでくれた方、ありがとうございます。

 

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