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Massive Curiosity

日常で疑問に思ったことを言語化してアウトプットしていくブログ。旅、webサービス、デザイン、アイデアなど。

『貧困の倫理学』を読んで、固定概念のその先を考えること。

読みました。

貧困の倫理学 (平凡社新書)

 

貧困の倫理学 (平凡社新書)

毎日少しずつ読んでいたら、新書なのに一週間もかかってしまいました。

でも、時間かけてまで読んだ甲斐がありました。

今回は、読後に考えたことを徒然なるままに言語化しておこうと思います。

*書評ではありません。気になる方は購入、もしくは大学で借りてみてください。

 

 

貧困は近代の枠組みに組み込まれたもの?

この本には、「世界的貧困の放置」対する様々な思考の軌跡がありました。

溺れる子どもを救わないことと同じように、ある種の見殺しだとも考えられる。
あるいは、他者を目的として尊重しないことだとも解釈しうる。
さらには、他者にたいする加害として理解できるし、配分的主義の、あるいは生存権の、そして最低限のケイパビリティの著しい毀損とみなすことも可能である。

本文を読まないとわからない文字の羅列ですが、おおまかに以上のようなアプローチが紹介されていました。

一番おもしろかったのは、ポスト構造主義からアプローチする、エドキンスさんの議論です。この方の問いは、貧困の認識と援助は近代の枠組みに組み込まれているのではないかという点です。

長いですが、引用します。

科学技術の発達によって物質的な豊かさの実現されることが、それゆえ進歩が近代の約束だとすれば、貧困は近代の枠組みから逸脱するもの、あるいは近代以前に属するもの、それゆえに時代錯誤的なものでなければならないからである。

近代の約束が実現されないがゆえに貧困が発生するのだとすれば、貧困は近代を強化することによって解決される。

近代の強化によって貧困が克服されるものであれば、貧困はむしろ近代にとって本質的なものではないだろうか。なぜなら、貧困は近代によって克服されるべき要素として近代によって必要とされるからであり、貧困の存在は近代を強化するように機能するからである。

難しい文章表現なので、噛み砕くと「世界が便利になっていく一因って、貧困を無くそうとがんばってるからじゃないの?」ということでしょう。

皮肉ですよね。戦争に勝つためにコンピュータなどの発明がされたことや、人をたくさん苦しめたのにヒトラーの名前が(悪名だけれども)人類史に残っていくって、逆説的に結果は絶対悪ではない。

このへんはセンシティブで、ぼくのブログで取り上げられるほど簡単なテーマではありません。とにかくぼくが学べたことは、どんなことも表裏一体で、善悪で決めることは思考停止だということです。

 

もしも貧困が無くなったら…

全ては表裏一体、という考えを違う具体例に即して考えてみます。

例えば、国際協力をしている人。自分の利益よりも貧困を解決するために活動されている方々がたくさんいます。心から尊敬しています。ボランティア、NPO、ソーシャルビジネス、国連

ここで問いたいのは、もしも。もしもですよ、世界の貧困が解決されて全人類が最低限度の生活を営めるようになったとしたら、貧困を無くそうと頑張っている人たちはどうなってしまうんでしょうか?

NPOを立ち上げて、世界から貧困を無くそう!と人生をかけて勝負している方々。がんばって勉強して努力して国連のどこかのポストに就いて、世界のためにご活躍されている方々。

もし70億人が車持って豪華な料理を食べられるくらい貧困が無くなったら、地球のキャパ的に現実不可能なので、これはあくまでも空想論です。(本当に無くなることを願っているのは間違いないです。)

でも、貧困が解決されたら、貧困を無くすという今までの仕事が無くなって、彼らは路頭に迷ってしまうんじゃないかと。

 

たぶん、本気で貧困を無くそう頑張っている方々は皆、この問題を考えたことあるはずです。逆に、もし貧困が無くなってからのことを考えていないとしたら、その人は本気じゃないですよね。だって貧困を無くすというゴールに向かうプロセスが目的になっているわけですから。

だからぼくらがすべき重要なことって、「なんで貧困を無くしたいのかを考えること」だと思うんです。

貧困=悪であり、絶対に解決されなくてはならない。そこまでは同意します。でもそこで思考停止せずに、なぜ貧困が起こるのか、そして解決された暁にはどのような世界になるのかを考えないと、気軽に世界を変えるって言う権利はないんだと。

そう思いました。

 

さいごに。

「偉そうに言っといて、お前が思う貧困を無くしたい理由ってなんだよ」

ってなると思うので、それは次回書きます。

これをきっかけに、それぞれ考えるきっかけになったなら嬉しいです。

さいごに注意ですが、ぼくは世界から貧困を無くそうとしている人をdisっているわけではありません。学生時代がんばったことのためにボランティアする人を非難したいわけでもありません。

ただ、一つの本から学べたこと、それを今までの経験に参照して、どう感じ、そしてどう言語化するのかってところに重きを置いています。つまり今回の記事では、貧困という概念を、解決しなきゃいけない問題として捉えるだけじゃなくて、ある種の固定概念をさらに掘り下げたかったということです。

だから、決して頑張っている人をけなしているわけじゃないので、お間違いなく。

ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。