Massive Curiosity

日常で疑問に思ったことを言語化してアウトプットしていくブログ。旅、webサービス、デザイン、アイデアなど。

今 ぼくのいる場所が、探してたのと違っても。

表題のフレーズ、どこかで聞いたことありませんか?

分かる人にはわかる、Mr. Childrenの名曲『Any』です!
ランニングしていた時に、この曲が言いたいことが自分にマッチしているなあと気づいたので、言語化しておきます。

 

 

櫻井さんが言いたいこと。

表題のタイトルはサビの部分であり、以下のように続きます。

今 ぼくのいる場所が 探してたのと違っても 間違いじゃない 答えはきっと一つじゃない
何度も手を加えた 汚れた自画像にほら 
また12色の心で また描き足してく

・・・自分の求めていた通りに物事を進めようと思ったって、思い通りに行くはずがありません。思い描いた夢の通りに実現出来る人なんて、ほんの一握りなはず。

でも、たとえ思い描いた理想の姿じゃなくたって、間違いじゃない、答えはきっと一つじゃないんです。だってこんなに楽しくて、これだけ熱意を込めているのですから。

紆余曲折して辿り着いた、今。これまでは間違いだと思っていてブレブレだったけど、この選択が間違っていなかったと気づけた瞬間、12色(ここでは多量の比喩だと思われる)という組み合わせ次第では無限の可能性がある選択肢をフルに活用し、自由な未来を描くことができる。

それはきっと、当初思い描いていた理想の自分より、もっとカラフルで楽しい未来かもよ? 

・・・と櫻井さんの思いを自分なりに解釈してみました。大きくは外してないはずです。

 

このメッセージを汲みとったとき、ある言葉が頭をよぎりました。

 

セレンディピティを受け入れる。

以前更新した渾身のブログに、fbの知り合いから以下のようなコメントをいただけました。

"まさにセレンディピティを大事にしたいですね。偶然が思いがけない展開に繋がる。人生何が起こるかわからない。だから面白いよね。" 

恥ずかしながら、「セレンディピティ」という、4マナで使える自然属性の呪文カードみたいな言葉は知りませんでした。wikipedia先生曰く、

セレンディピティserendipity)とは、何かを探しているときに、探しているものとは別の価値あるものを見つける能力・才能を指す言葉である。何かを発見したという「現象」ではなく、何かを発見する「能力」を指す。平たく言えば、ふとした偶然をきっかけにひらめきを得、幸運をつかみ取る能力のことである。

とのことでした。

ああ、なんて良い言葉なんでしょう。そして、なんて『Any』と親和性のある言葉なんでしょう。

今ぼくのいる場所は、どんなきっかけだって良いのです。ふとした偶然によって得た結果だとしても、全然間違いじゃない。むしろ、こっちのほうが幸せかもなんです。

ぼくがアセナビに関わったのは、偶然の積み重ねなんです。たまたま旅行が好きで、たまたま東南アジアに行って、たまたまアセナビを見つけて、たまたま関わって、たまたま編集長になって。

そんな”たまたま”の重なり合わせなのに、全く後悔していません。

学生には、無限の可能性があります。サークル生活だけで4年を終えることだってできるし、ひたすら勉強に打ち込む生活だってできる。社長になることだって、ホームレスにだってなれる。そんな、無限の可能性の中、アセナビを選んだことに後悔はありません。不思議なことに、今ではこの媒体と仲間たちのない生活なんて考えられません。

セレンディピティに力量の差があるとは思えませんが、もしあるなら、ぼくはセレンディピティを持っている自信があります。

 

さいごに。

そう考えると、偶然であっても振り返ってみると必然だったんだなあと。

調子の良いぼくはこのように考えるわけです。

でも実際、そんなことは無いと思われるでしょう。ぼくもそう思います。

そこで『Any』をもう一度聴いてみてください。こんな言葉で締めくくられていますよ。

 

 

「そのすべて真実。」

 

 

 

ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。