読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Massive Curiosity

日常で疑問に思ったことを言語化してアウトプットしていくブログ。旅、webサービス、デザイン、アイデアなど。

東京メトロ東西線にて「日本っていいな」と思った3つの理由。

先日電車に乗っていた時に、「日本っていいな」と思った出来事がありました。

夜21:30頃、東西線日本橋から西船橋まで帰っていた時のことです。浦安駅にて電車が4分ほど止まってから出発しました。僕は本を読んでいたのであまり気にしていませんでしたが、出発してからこんなアナウンスがありました。

「お客様の救護のため、4分ほど遅れて出発致しました。遅れましたこと、誠に申し訳ございませんでした。また、救護の際にお手伝いいただいた方、ありがとうございました。」(正確ではありませんが文脈はこんな感じです。)

このアナウンスで「日本っていいな」って思った理由が3つあります。

 

 

数分の遅れもちゃんとアナウンスする。

日本では当たり前のことですが、世界の当たり前ではないことは明瞭白々です。

インドのデリーからタージマハルのあるアーグラまで電車に乗ったときのこと。朝5時45分の電車に乗るために4時台に起きてホームで待っていました。電車は当然のごとく時間通りには来ません。来たと思ったら、出発までに30分以上かかったりして、なんのために早く来たのかと、損した気分になります。(インドだから。。と考えると全くイライラしないのが不思議です。笑)

しかし日本では少し遅れただけで、遅れた理由とそのロスした時間を教えてくれます。電車が遅れたからって駅員さんに八つ当たりするなんてもってのほかです。そういう輩はインドに行きましょう。心が洗われますよ、きっと。

つまり、時間の感覚がしっかりしていることにいいなあと思ったということです。

 

救護していた人がいる。

日本人は他人に干渉するのが好きではない人種です。駅で知らない人が倒れていたって無視する人が大半でしょう。多分、救いたい気分は山々なんだけど、なんだか気恥ずかしい気持ちがする、時間がないからと自分へ言い訳して素通りしてしまってはいないでしょうか?

以前こんなことがありました。

ある夏休みの18:30くらい、池袋から渋谷まで山手線に乗ろうと駆け込み乗車をしてしまったことがあります。その時に、同じく駆け込んでいた40代半ばで痩せ型の女性と当たってしまい転倒させてしまいました。その人はひじとか胸骨を打ってしまったようで、かなり痛がっていた様子でした。もちろん、すぐに次の電車が来る山手線に駆け込んだ僕が悪いですが、同じく駆け込んでいたその人にも責任がないとは言えません。しかし、フィジカル的に相手だけ転んでしまったので、端から見ると完全に僕の過失です。まあそうなんです。

まあそうなんですが、問題はそこじゃなくてその後です。うずくまる女性とそれを介抱しようとする自分。そこを素通りする大量の人々。ざっと100人以上です。でもそのうち声をかけてくれたのはせいぜい2,3人です。

これが日本の現状です。自分は関係ないから関わらない。筋は通っていますがそれでいいのかな?そう思いました。

一方で、この浦安駅では救護を助けてあげた人が存在していました。それを聞くだけで嬉しくなります。

 

この事実を伝える車掌さん。

一番グッときたところです。救護してくれた人をちゃんとアナウンスしてくれる車掌さん。

僕らは、日頃の良い行いが評価されにくい社会に生きていますが、この時のようにちゃんとみんなに伝えてくれるのって本当にいいことだなあと感じました。なぜなら、その人の良い行いが報われるし、僕のようにアナウンスによってほっこりした気分にさせてくれたからです。どれだけの人がこのアナウンスを聞いていたかわかりませんが、少なくとも僕は聞いていましたよ!救護していた方、どうもありがとう!

 

さいごに。

インバウンドに興味を持つようになってから、日本をひいきの目で見ることを控えるようにしていましたが、今回はめちゃくちゃ感動しました。でもこういう事実って伝わりにくいですよね。なぜならその電車に偶然乗り合わせた人がいて、その人が大音量で音楽を聴かずに、日本語を理解できて、そしてアナウンスを聞いたこと。こういう条件が重なりあった人が発信しないと伝わらないからです。

ここで思ったのが、こういう日本でしか起こり得ないようなほっこりする話を、インバウンドの一環で外国人に向けて発信することは、0→1(日本に興味のない外国人に日本に来てもらう)にする効果があるのではないかと思いました。<参考>インド一人旅から、インバウンドと今後について考えてみた。

まあ色々と弊害はあると思いますが、つまりは日々の小さな出来事も言語化することによって既存のものと関連づけることができるということが大切だと思いました。

ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。