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Massive Curiosity

日常で疑問に思ったことを言語化してアウトプットしていくブログ。旅、webサービス、デザイン、アイデアなど。

ヒッチハイクをするのに高尚な理由はいらない。

最近、ぼくのまわりではヒッチハイク人口が激増しています。それは旅団体でヒッチハイクが行われていること、それがソーシャルでシェアされてより多くの人に届いていると言うことが関係しているかと思います。

いろんな人が「ヒッチハイクのやり方」なるものを書いたり、発信しているとは思います。ぼくも70台ほどですが(多いのか少ないのかわからない)、そこそこ経験しました。今回は、ヒッチハイクについての意見を述べたいと思います。

*アメリカでは一部違法なところもあるようですが、日本だと法に触れることはありません。また、日本に限っては変な事件もあまり聞きませんし(0ではないはず)基本的には安全と言われています。ドライバーは、二種免許を持っていない限り、人を乗せてお金を請求することができないので、お金を請求されることは98%ないです。

 

ヒッチハイクのメリットは?

やはりタダということが最大限の魅力だと断言します。

例えば京都。新幹線で行くと、13000円もかかるようです。それが、ヒッチハイクだと0円になります。(ただし、ヒッチハイクを始める場所までの電車賃など、雑費は少しかかりますが。。)これは、経済状況が良くない人にとっては素晴らしいことだと思います。

その分、時間がかかってしまうことがデメリットではありますが、学生など時間がある人にとっては構わないと思います。そもそも、ヒッチハイクをする人は学生が9割くらいで、学生じゃないにしろ、若者がほとんどです。お金持ちの若者なんてそうそういないので、ヒッチハイクは彼らにとっていいものに思えます。

でも、ぼくが思う最近の傾向は以下のことです。

ヒッチハイクをするのに高尚な理由は必要?

ヒッチハイクしている人が、「なんでヒッチハイクするの?」と問われた時に返す言葉として多いのがこれです。

「出会いを大切にしている。」

「pay it forwardが。。」

それらは間違いなく事実です。

普段出会えることのできない人の車に乗り、一定時間過ごして話をすることは、代え難い素敵な経験であり、ぼくもそれをものすごく大事にしています。ぼくの経験だと、プロの競馬選手の車に乗ったり、メイドカフェの社長とそのお店のアイドルたちだったり、ドライバーと共通の友達がいたり。。たまたま出会った人たちなのに、絶対に会えない人との面白い出会いをしました。これはヒッチハイクでしか味わえない醍醐味であり、やめられない理由ではあります。

また”pay it forward”。要は、人から受けた優しさを第三者に向けて、その人がさらに次の人に伝えるという連鎖、といういい概念があります。ヒッチハイクに置き換えると、乗せてもらった人に何かしてあげることはできないけど、自分が乗せる立場になってみて優しさを次の世代に還元する。それがずっと連鎖になる、という考え方。素晴らしい考え方で、ヒッチハイクにはぴったりの理由です。こんな映画もあったようです。
参考:ペイフォワード ~Pay it Forward~『次へ渡そう』運動:あなたにも世界は変えられます

繰り返しますがどちらも事実であり、ぼくも常に念頭に置いている素晴らしいことです。

でもそれのために旅するのって、本心ですか?

友達に書いてもらいました。

友達に書いてもらいました。

自分に素直に旅をしよう。

上記の、出会いや”pay it forward”。それらはぼくにとって一番の理由ではありません。

結局、ぼくにとってのヒッチハイクは交通手段でしかありません。ここで言いたいのは、これくらいの割り切りが必要だということです。「人との出会いを大切に旅をしているんです。」結構。そういう人を知っていますし、読んでくれている人の中にもいると思います。しかし、理由を無理やり高尚なものにしても、それって本心なんですか?最初のヒッチハイクをした理由ってなんでしたか?僕は「タダで移動できるから」です。

出会いのためと言い張ったほうが聞こえはいいです。本当にそう思っていてだからヒッチハイクをすると断言できるなら、そう言ってください。でも、もし本心じゃなかったらそんなこと言うのやめましょう。もっと素直になって旅したほうが楽しいですよ。

また、経験を繰り返して考えが変わってきたなら、それでも良いです。「タダだからやっていたけど、どうやらそれだけじゃないみたいだ」そう感じたなら、素直にそう言ってください。無理して高尚な理由だけを述べるのは、なんだか嫌な感じがします。

さいごに。

今回はヒッチハイク経験者へ向けて書いているので、かなり賛否があると思います。なぜこれを書いているかと言うと、この前京都にヒッチハイクした時の経験から考えさせられました。用賀インターという、ヒッチハイクの聖地と呼ばれる場所に行った時、自分の他に男の子が一人と、男二人のヒッチハイカーがいました。しかも平日のお昼前です。その時に、ヒッチハイクって飽和状態なのかなと感じました。

電波少年の世代でもなく今までヒッチハイク経験のない若者たちが、ヒッチハイクをしやすくなっています。それはインターネットによるものが大きく、今では、普通の女子大生だって一人でヒッチハイクをしてもおかしくない時代になりました。どんどんヒッチハイクへのハードルが下がっています。

そんな時だからこそ、ヒッチハイクについて考えなくちゃいけないと思います。極論、「楽しそうだから」「旅してる感があるから」でもなんでもいいです。論点は内容じゃなくて、その理由からブレずに言い張ること。かっこつけて「人との出会いのために」とか言わないでほしいなと思っているわけです。

ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。

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